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宮司だってつぶやきたくなるときもある

 神職になったのは昭和47年4月だから、42年も前。雷神社宮司になったのは昭和61年3月だから、これももう28年前。あっという間のような気がする。
 最近は、高卒で國學院大學に入学し、神職の資格を取る人も結構いるが、昔から、親が体調を悪くしたり逝去後に講習で神職の資格を取り、後を継ぐケースが多い。神職として生計を立てられるのは、極々一部の特別な神社であって、大多数の神職は別の職業をもって糊口を凌いでいる。だから、社家(神職の家)に生まれても、普通に進学・就職して、必要に迫られてから神職の資格を講習で取るのである。講習と言っても、最初は30日の講習で最下位の資格を取ることから始まる。一旦就職した人が、30日も休暇を貰うのは至難の業。公務員とか教職員が神職や僧侶に多いのはそのせいかもしれない。まぁ、「神主丸儲け」と言う言葉が無いくらいだから、生業を他に求めなければ仕方が無いのである。
 そんな中で、私の年齢で経験40年以上は珍しい部類。まあ、宮司になるまでは、先代が社務をやっていて、私は余り関係ない生活を送っていた訳ではあるが……。それでも宮司になってからは、家内や息子の協力を得て、旅行や病気の時を除いて、ほぼ毎日神社掃除をし、20年に1回の御神幸祭も2回斎行した。2年前に生業を退職し、神職中心の生活になり、ほぼ毎日、神社に詰めている。詰めてみると、結構いろいろな人が参詣にみえて、意外に話が弾むこともある。
 目下の問題は、自分が詰めている場所が無いことである。社務所はあるが、それは集会所のようなもので、拝殿から離れているから、なかなか来訪者とのコミュニケーションをとりずらい。そんなこともあって、良い神社は拝殿に御神札の授与所や祈祷の受付所が併設され、神職などが居る。神職といつでも顔が合わせられることは良いことである。例え用事が無くても、迎えてくれる人がいる神社の社頭は栄える。それが人の心理であろう。そんな訳で、とりあえず、拝殿の隅に机と椅子と本箱を持込んだ。私に用事のある人は、最近は自宅ではなく、神社に見えて、そこで話をすることが増えてきた。僧侶は「住職」というくらいだから、お寺に住んでいることが多い。だが、神職が神社に住んでいることは本当に稀で、せいぜい隣地に住宅を構えているくらいである。なるべく、神社に居ることで、氏子崇敬者に接していたいものだ。
 ただ、拝殿内では、参詣者に見えないことが困る。「神主がいる」ことが分かる、それが大事なのである。そこで、「神職が拝殿ま又は境内にいます」の看板を立てたり、呼び鈴のボタンを設置してはいるが、いまひとつしっくりしない。「見える」ことが大事なんだ。この際、自分の退職金を使ってでも、拝殿前に授与所を兼ねた待機場所を増設したいのだが、3年以上前から発案しているが、これが大方の理解を得るには至っていない。参拝者が雨に濡れないよう、庇も伸ばしたい。まあ、次代に引き継ぐまでには、多分、多少の時間はあると思うから、それまでに、地道に努力していくしかないか。
 神主だって呟きたいことはある。そんな訳だから、読まれるか分からないが、ブツブツ言うことにした。 (*^_^*)
 (文責:雷神社宮司 嶋田正)
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