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鳴神山に白雲なびき……

(H26.12.22)
 雷神社の境内の南から南東の端、崖の上の木々の間から富士山と筑波山を望むことが出来る。と言っても、天候や時間帯にもよるのだが。冬は特に良く見える時期で、日没直後の夕富士は黒いシルエットで見えやすい。
 富士も筑波も「霊峰」である。富士は特に人気があり、嫌いな人は少ないだろう。近年の登山者の3分の1くらいは外国人と言われるほど、外国でもその優美な姿。富士山はそれを取り巻く地域・歴史や文化と共に「世界遺産」となっている。
 私も富士が好きだけれど、筑波も同じくらい好きだ。富士が見えても筑波は気象条件や方向が悪いのか、見えないことが多く、ついつい富士よりも筑波を探してしまう。
 池上正太郎氏などの時代小説に時々「筑波おろし」という言葉が出てくる。江戸時代、江戸から筑波山は、何も遮るものが無く見える霊峰である。冬に筑波の方から吹いてくる寒風は、筑波山から吹いてくる「筑波おろし」と名付けるほど印象深かったのだろう。考えてみれば、海上町より東京の方が筑波は近い山である。深田久弥の『日本百名山』にも、唯一1,000m未満の筑波山が選ばれている。

 雷のことを「鳴神」(ナルカミ)とも言う。雷神社のことを「雷大神」以外にも「鳴神様」と言うのはそのためである。雷神社から見広城址、文殊院あたりを「鳴神山」と呼ばれるのもそこから来ている。文殊院は、「鳴井山文殊院延命時」という山号で呼ばれる。

 さて、「海上町」は平成17年7月1日に1市3町の合併により無くなってしまった。「うなかみ」と言う呼称は、大化の改新の律令国家の時代まで遡る。千葉県は「下海上国」(シモツウナカミノクニ)「上海上国」(カミツウナカミノクニ)に二分され、両方に「海上郡」が存在していた。「うなかみ」という呼称が無くなり、僅かに「海上中学校」「海上八幡宮」(銚子市)等に残っているのみである。1市3町(旭市、海上町、飯岡町、干潟町)の合併の折、「旧市町名は使わない」と言う基本的事項がなし崩しにされ、これ程重要なことが住民投票にもかけられずに決められてしまったことは、決して忘れない。そう思うのは私一人ではないはずだ。なぜそうなったかは、記録の残されてしかるべきだろう。。

 旧海上町の『町民歌』の出だしは「鳴神山に白雲なびき……(中略)……富士と筑波を人目に望み…」とある。また、『鶴巻小学校校歌』の出だしは「鳴神山の風清く……(中略)……ひと目に望む富士筑波…」とある。
 富士と筑波は、それほどに親しまれた山なのである。
 今日も、富士は見えるか、筑波は見えるか、と地平線を望むのである。


雷神社から筑波山

雷神社からの富士山
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